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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9962号 判決

原告 有阪清子 外二名

被告 亡日沖勝市訴訟承継人 日沖進也 外六名

主文

一  被告ら訴訟被承継人日沖勝市が訴外有阪龍二郎に対する東京法務局所属公証人三堀博作成昭和四八年第一七四八号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基づき別紙物件目録記載の土地持分についてした強制執行は許さない。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  本件について当裁判所が昭和四九年一月三一日にした強制執行停止決定のうち別紙物件目録記載の土地持分に関する部分を認可する。

四  前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

主文第一、二項同旨の判決

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告らの被承継人亡日沖勝市は、訴外有阪龍二郎(以下、龍二郎という。)に対する強制執行として、東京法務局所属公証人三堀博作成昭和四八年第一七四八号債務弁済契約公正証書(以下、本件公正証書という。)の執行力ある正本に基づき、昭和四八年五月二三日、龍二郎及び訴外有阪与四郎(以下、与四郎という。)共有名義の東京都江東区三好三丁目二番七宅地四〇一・五平方メートルの龍二郎の持分二分の一に対し、強制競売の申立をした(東京地方裁判所昭和四八年(ヌ)第二〇三号不動産強制競売事件)。

2  別紙物件目録記載の東京都江東区三好三丁目二番四七宅三〇〇・八二平方メートル(以下、本件土地という。)は後に右二番七の土地から分筆された土地であるが、本件土地は原告らの所有に属するものである。

すなわち、原告らと龍二郎外二名間の東京地方裁判所昭和四〇年(ワ)第一三七四号建物明渡請求事件、昭和四三年(ワ)第七七八五号所有権確認等請求反訴事件において、昭和四八年二月一六日、利害関係人として与四郎を参加させた上で次のような条項を含む裁判上の和解が成立し、これによつて原告らは本件土地の所有権を取得したものである。

(一) 原告らと龍二郎、与四郎は、原告らの有する前記二番七の土地のうち本件土地の部分を除いた部分の借地権と龍二郎、与四郎が有する本件土地の部分の所有権とを本日交換した。

(二) 原告ら及び龍二郎、与四郎は昭和四八年三月末日までに現地において測量をなし、本件土地の部分とその余の部分との境界を明確にする。測量費用は原告らと龍二郎、与四郎が折半して負担する。

(三) 龍二郎、与四郎は原告らに対し、昭和四八年四月一五日までに本件土地の部分を分筆登記した上、抵当権、仮処分その他制限のない状態で交換を原因とする所有権移転登記手続をなす。

3  そして原告らと龍二郎、与四郎は、土地家屋調査士に右分筆のための測量及び分筆登記手続を依頼し、昭和四八年三月中旬から測量を開始したが、龍二郎は右和解の内容について不満を持ち始め、測量現場において測量を妨害したため測量が進行せず、昭和四八年四月一五日までには完了しなかつた。また龍二郎は測量費用を支払わず、分筆登記手続のための委任状を提出しないため、分筆登記も行われず、龍二郎は和解は自分がぶち壊してやると広言する始末であつた。

4  更に龍二郎は前記和解に基づく義務の履行を妨げようと企図し、龍二郎が経営する株式会社有阪工務店に建築を依頼している日沖勝市と通謀の上、日沖勝市が龍二郎に対し実際には貸付金がなのいに五六〇万円の貸付金があるかのように装い、前記和解に基づいて龍二郎、与四郎が原告らに対し本件土地部分の所有権移転登記をなすべき日の翌日である昭和四八年四月一六日、次のような内容の本件公正証書を作成した。

(一) 債権者日沖勝市、債務者兼連帯保証人の代理人龍二郎、連帯保証人株式会社有阪工務店(代表取締役与四郎)

(二) 龍二郎は日沖勝市に対し、昭和四四年一〇月六日から昭和四六年一二月二〇日までの間に借受けた合計金五六〇万円の債務を弁済することを約し、日沖勝市はこれを承諾した。

(三) 元金は昭和四八年四月一八日限り金六〇万円、昭和四八年四月から昭和五二年五月まで毎月末日限り金一〇万円宛五〇回の月賦払で弁済する。利息は定めず遅延損害金は日歩八銭二厘とする。割賦金を期限に支払わないときは期限の利益を失い、直ちに元金全部を返済すること。

5  右のとおり、本件公正証書は、前記和解による原告らへの本件土地部分の所有権移転登記手続を妨害する目的をもつて、債権が存在しないのにこれを仮装して通謀虚偽表示によつて作成されたものであり、しかも日沖勝市は本件土地部分が原告らの所有であることを知りながら本件公正証書によつてこれについて競売の申立をしたのであるから、当時原告らは本件土地について所有権移転登記を経ていなかつたが(昭和四九年一二月一〇日に本件土地を分筆の上、同月一三日原告らのために所有権移転登記を了した。)、日沖勝市は背信的悪意者というべきであり、原告らは本件土地の所有権の取得を同人に対抗することができる。

このことは、本件公正証書が和解による所有権移転登記手続の履行日の翌日に作成されていること、和解成立後の龍二郎の測量妨害等の和解に不満を持つていることを示す言動、日沖勝市は昭和四八年七月二四日原告らに対し、龍二郎に建築工事を依頼し、その工事代金の前渡金として金を渡したことはあるが貸金はなく、建築工事の契約書や代金の領収書も借用証もないと言明していたこと、龍二郎は競売申立のあつた後も日沖勝市の自宅の工事を続行していたこと、与四郎は本件公正証書の連帯保証人である株式会社有阪工務店の代表者であるにもかかわらず、右公正証書作成の事実を知らず、龍二郎が日沖勝市に対しかかる債務を負担していることは聞いていないこと、日沖勝市は自己の経営する菓子製造会社を倒産させており、龍二郎に金を貸付する能力はなかつたこと等の事実を総合すれば明らかである。

6  日沖勝市は昭和五〇年三月二二日死亡し、被告らが同人を相続した。

7  よつて、原告らは被告らに対し、本件土地について強制執行の排除を求める。

二  答弁

1  請求原因1項は認める。

2  同2、3項は知らない。

3  同4項のうち、本件公正証書を作成したことは認めるが、本件公正証書作成の日が和解に基づいて本件土地部分の所有権移転登記手続をなすべき日の翌日であることは知らない。その余は否認する。

4  同5項は否認する。原告らとの対談の際に日沖勝市は龍二郎に対する債権について詳しく説明してあり、原告らは了解して帰つたはずである。また、日沖勝市の住宅の工事は、債権者として債務者である龍二郎に強く請求したものであるが、途中で龍二郎が中止したため工事は進んでいない。

5  同6項は認める。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1項の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、請求原因2項の事実は認めることができる。

二  そこで日沖勝市が背信的悪意者といえるか否かを検討する。

1  まず原告らは、本件公正証書記載の債権は虚構のものであると主張する。

右債権が、日沖勝市が龍二郎に対し昭和四四年一〇月六日から四六年一二月二〇日までの間に貨付けた五六〇万円であるとされていることは当事者間に争いがないが、証人有阪龍二郎は、この債権の内容について次のとおり説明している(第一、二回証言)。

すなわち、龍二郎は日沖勝市から、昭和四四年、同人所有の江戸川区新田一の五〇四一の土地上に鉄筋三階建の工場(床面積各階とも四九平方メートル)の建築を代金総額六二〇万円で請負い、その前渡金として五回にわたつて五六〇万円を受領したというのである。

しかし、同証言によれば、右の請負契約ないし五六〇万円の授受については次のようないくつかの不合理な点が認められる。すなわち、請負契約書を作成していないこと、工事代金総額六二〇万円(もつとも、後に五割増しになつたという。)のうち五六〇万円も受領しているといいながら建築工事には全く着手していないこと(証人は「資材値上りとかいろいろな事情」があつたためというが首肯するに足る説明とはいえない。)、区画整理事業進行中のため建築確認が受けられなかつたというであるが、そうであるとすればそもそも建築工事を計画し、五六〇万円もの前渡金を支払うことは納得できないこと、五六〇万円の使途が不明確であること(生活費、旅行の費用、友人からの借金の返済に充てたというが、その証言は極めてあいまいである。)、代金のうち半額を受領した時点での物価の高騰のため予算的に建築ができないことが判明したというのに、更に前渡金を請求して支払つてもらつたとされていること、右建築工事のほかに昭和四五、六年ごろにも日沖勝市から住宅の移築工事を代金六〇万円で請負い、前記渡金を返還していないのに右移築工事の代金は別途支払を受けていること(もつとも受領した金額は不明確である。)等である。このように龍二郎の証言の信用性は極めて乏しいものといわざるを得ない。

また、証人軸原寿雄の証言とこれによつて成立を認め得る甲第五号証、第一四、一五号証によれば、本件公正証書において龍二郎の連帯保証人とされている株式会社有阪工務店の代表取締役与四郎は、龍二郎が日沖勝市から建築工事を請負つたことも四六〇万円の前渡金を受領してその返還債務を負つていることも全く聞いていないし、本件公正証書の作成の件も全く関知していないことが認められる(与四郎には本件公正証書の作成について話してある旨の証人有阪龍二郎の第一回証言は措信できない。)。

そして、日沖勝市が龍二郎に対し債権を有していることについては、本件公正証書と証人有阪龍二郎の証言(第一、二回)以外にはこれを裏付ける証拠(例えば前渡金の領収書等)は全くない。

しかも証人有阪龍二郎の証言(第一、二回)によれば、龍二郎は日沖勝市に対し五六〇万円の債務を現在まで全く弁済していないことが認められるが、日沖勝市は本件強制執行に着手しただけで龍二郎にその支払を強く迫つている様子も証拠上認められないし、龍二郎が右債務の弁済のために真剣に努力している事実も証拠上うかがわれない。なお成立に争いのない甲第九号証、第一二号証の一、二、第二〇号証、証人有阪龍二郎の第二回証言によれば、龍二郎は江東区三好三丁目二番七の土地(日沖勝市が本件強制競売の申立をした土地)の共有持分のほかに、江戸川区新川二丁目三〇六八番の一、雑種地五八五平方メートルの持分一七七分の一一二とその地上の鉄筋三階建の建物を所有していることが認められるのであつて、龍二郎に弁済の能力がないとは考えられない。

更に、前記甲第五号証及び甲第二〇号証とこれによつて成立を認め得る甲第六号証によれば、日沖勝市が代表者をしていた会社は昭和四二年七月に倒産し、その後設立した会社も昭和四七年一一月及び四八年八月に手形の不渡事故を起こしていることが認められる。このような状況下にあつた日沖勝市が龍二郎に対し五六〇万円という金員を果たして支払うことができたものか疑問であるし、またもしも真実このような債権を有していたとすれば、全くこの返済を受けずに本件強制執行に及ぶまで放置していたというのも不合理である。

以上述べたところを総合すれば、本件公正証書記載の債権の存在は極めて疑わしいものといわざるを得ない。

2  次に、原本の存在と成立に争いのない甲第一〇号証、成立に争いのない甲第一号証、第一九号証、前記甲第二〇号証、証人有阪龍二郎(第一、二回)、軸原寿雄の各証言によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

すなわち、昭和四八年二月一六日に、原告らと龍二郎等との間で成立した裁判上の和解は、長い期間にわたる紆余曲折があつてようやくその成立に至つたものであり、この和解によつて原告らは本件土地の所有権を取得することになつたのであるが、龍二郎は和解の成立には同意したもののその内容に強い不満を抱いていた。そして、右和解条項によれば、原告らと龍二郎らは昭和四八年三月末日まで現地において測量をし、原告らが取得する本件土地部分の境界を明確にし、同年四月一五日までに本件土地を分筆登記した上、原告らに対し所有権移転登記をする旨定められていたにもかかわらず、龍二郎は測量を実力をもつて妨害し、分筆登記のための委任状も提出しないので、分筆登記も所有権移転登記も行われなかつた。そうこうするうちに、昭和四八年五月二三日、本件土地部分を含む江東区三好三丁目二番七の土地について日沖勝市から強制競売の申立がなされるに至つた(この事実は当事者間に争いがない。)。

そして龍二郎は、本件土地部分に対する強制執行の排除に何ら努力しないばかりでなく、昭和四九年九月一七日、東京都知事に対し、本件土地部分を含む前記三好三丁目二番七の土地全部が自己及び与四郎の共有であるとして、木場地区木材関連企業移転跡地としての売却の申出をしている。

以上の事実が認められ、これによれば、龍二郎は原告らが本件土地を取得する旨の条項を含む裁判上の和解に強い不満を抱き、右和解によつて定められた自己の義務を履行しようとしないばかりか、原告らが本件土地の所有権移転登記手続を受けることを極力妨害し、更にはこれを他に転売しようと試みるなど、原告らが本件土地を確保することをあくまでも阻止しようとの態度をとつていたことが明らかである。

3  ところで原本の存在と成立に争いのない甲第二号証によれば、本件公正証書は昭和四八年四月一六日に作成されていることが認められるが、昭和四六年一二月二〇日までには成立したとされている債権について、なぜ突如この時期に至つて公正証書を作成する必要があつたのか、龍二郎によつても首肯し得る説明はされていない(同人の第一、二回証言。)したがつて本件公正証書は、その作成の時期からして前記裁判上の和解との関連性を否定することはできないものと考えられる。すなわち、原告らの本件土地の取得を妨害するための一手段であつたのではなかろうかとの疑いを払拭することができない。

4  以上述べたところを総合判断すれば、龍二郎は、裁判上の和解によつて原告らが本件土地を取得することになつたことに不満を持ち、その実現をあくまでも阻止しようとして、事実は日沖勝市が龍二郎に対して債権を有していないのに、同人と通謀してこれがあるかのような公正証書を右和解後に急遽作成し、本件土地がいまだ原告らの名義になつていないのを奇貨として、これに対し強制執行に及んだものと推認せざるを得ない。したがつて日沖勝市は本件土地が原告らの所有であることを知悉しながら、龍二郎の右の不法な意図の実現に荷担し、同人と協力して本件強制執行という挙に出たものであるといわなければならない。

そしてこのような第三者は、背信的悪意者というべきであり、原告らが本件土地の登記を備えていないことを主張し得ないものというべく、原告らは日沖勝市に対し、登記なくして本件土地の所有権の取得を対抗し得るものである。

三  よつて、本件強制執行の排除を求める原告らの本訴請求は理由があるので認容し、訴訟費用について民事訴訟法八九条、強制執行停止決定の認可(なお、本件についての強制執行停止決定は、本件土地分筆前の三好三丁目二番七全体の龍二郎持分二分の一についてされているが、このうち本件土地を除く部分についての本案訴訟は取下げられたから、この部分についての強制執行停止決定は当然に失効することになる。したがつて、本件強制執行停止決定のうち本件土地についての部分のみを認可することにする。)及びその仮執行の宜言につき同法五四九条四項、五四七条、五四八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 矢崎秀一)

(別紙)物件目録

東京都江東区三好三丁目二番四七

宅地 三〇〇・八二平方メートル

右土地の持分二分の一

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